「すると、間の空白は休みの部分ですか、音楽によくありますね。確かパウゼといったと思います」
「そうだ、きっとそれだろう」
今西は音楽のことは皆目不案内である。
すると、これは高周波を出しっ放しにしたのではなく、逆に休みがあったわけですね。もし、この表のとおり実行したとすると、そうなるわけですね」
「休みがあったと思う。つまり高周波を出しっ放しにしたのではなく、また逆に休みを入れて、こういうふうに周波数を変えていたのだと思うね」
吉村はうなったような顔をした。
「効果的には同じ数は数を連続的に出すよりも、断続的に少し変えて出した方が、相手に与える効果がありそうだな」
これは今西の意見ではなく、彼が久保田教授から知識のようだった。
「しかも、ぼくの考えだがね」
と、今西は断わって言った。
「この休みもただの休みじゃないんだ。ぼくはその間に絶えず音があったと思うね」
「すると、ゼロではなかったわけですな?」
「そうではなかった。音は続けられていた。しかし、その音はこのような超音波ではなかった。われわれの耳に快く聞こえる音だった」
「快くい聞こえる? 音楽ですか?」
「そのとおり。超音波と超音波との間には、というよりも、音楽の途中に超音波が出ていたのだ」
「超音波?」
吉村は茫然とした。
「むずかしい理論は、ぼくもわからないし、久保田先生から聞いた話を受け売りしても、かえってややこしく間違うだろう。とにかく、そういうものが存在していることを知ってほしい。そして、それを扱う学問を音響学というんだそうだが、現在では、その理論を応用してさまざまな方法が考えられている。たとえばだな、ここに写した記事だってそうだ」
今西は手帳のページを繰った。それは、警視庁の広報課で苦労して写し取った、例の記事だった。
吉村は熱心に読んだ。
「なるほど、超音波というのは、手術用のメスの代わりにもなるんですね」
「そうだ。まあ、この方法はその一例だそうだが」
「しかし、これはたいへんな設備がいるんでしょう。また手術した患者の体にも傷痕が残るでしょう」
吉村の質問で、彼の考えていることがわかる。つまり吉村も、ようやく、宮田邦郎と三浦恵美子の死が自然死でないことを感づいたらしい。宮田邦郎の死体には外傷もなかったし、毒を飲んだ形跡もなかった。解剖したのだから、その点ははっきりとしている。
また、三浦恵美子の場合にしても、宮田邦郎と同じ状態だった。ただ、違うのは、彼女が妊娠していて、以上流産になっていたことだ。
もし、今西の言うように、超音波を利用して殺人が行なわれたとすると、手術用のメスのように、やはり外から加えられた攻撃の痕が残っていなければならない。この点は、普通の凶器と、超音波の利用という新しい凶器との違いだけである。ところが、宮田邦郎にも、三浦恵美子にも、その状態がなく、医者も、解剖医も、心臓麻痺、あるいは出血多量のため、と診断している。
「君が言うとおり」
と、今西は言った。
「もし、宮田邦郎と三浦恵美子の場合が殺人だと仮定すると、今までにない新しい手口だ。ところが、吉村君。ここで考えてみなければならないことがある。たとえば・・・たとえばだよ、宮田と三浦を殺した人物が、浦田操車場で三木謙一を殺害した犯人だと同じだとしたら、その手口に大きな開きがあるのに気づくだろう?」
「そうですね」
吉村はうなずいた。
「そりゃあたいへんな違いです。なにしろ、一方は、被害者を扼殺して、その上から石でめった打ちにしてるんですからね」
「そうだ。その殺害方法は、単純で残虐的だ。ところが、この方法は、一面から見ると、瞬間的とも言える。つまり、計画性がない。一方、宮田邦郎と三浦恵美子の死が他殺だとすると、犯人はおそろしく智恵を働かして、細心な計画で殺害したと言える。ここに矛盾はないだろうか。同じ犯人が、一方では、単純で、しかも発作的な凶行をする。一方では、複雑で計画的な犯罪を設定する。もし、同じ犯人としたら、心理は、どう解釈したらいいだろう?」
「そうですね」
吉村は考えていたが、
「それは、三木謙一が急に上京したからではないでしょうか」と言った。
「全くそのとおりだ。もし宮田と恵美子と同じように完全犯罪で殺人が出来るのだったら、犯人は何も三木謙一だけを除外するはずはない。あんなヘマな殺し方はやらないだろう・・・。しかしね、また、一方には別な考え方も起きる」
「何ですか?」
「三木謙一の殺され方は、宮田の場合よりずっと原始的な方法だ。宮田を殺した新しい凶器が三木謙一の場合はまだ完成していなかったという見方だよ」
「ああ、そうか。それも考えられますね」
「そうだろう。だから三木謙一殺しと宮田邦郎、三浦恵美子事件とが、手口からいって両極であることに、一つの着眼点が見つけられる」
「そうですな」
吉村はうなずいた。
「ところで、三木謙一が東京に来たのは、十一日の朝だ」と、今西はつづけた。
「彼の殺されたのが、十一日の夜十二時から一時の間だ。だから、被害者は東京に着いたその夜に殺されたことになる・・・」
「そうです」
「三木謙一が東京に来たのは、むろん彼にそれだけの目的があったのだから、十一日の朝から夜までの彼の行動が、自身の死を招く原因になったのだ」
これは事件の根本に触れる問題だった。二人は、それぞれの考えを追うように、しばらく黙っていた。
「とにかく」
と、吉村が先に沈黙を破った。
「犯人には、まだ三木謙一を殺す理想的な方法の準備が出来ていなかったというわけですか、時間的にではなく、設備的に・・・」
「そういうことだな。だから、五月十一日以後、宮田邦郎が殺された八月三十一日までの間、犯人がその準備をしていた形跡を探るのだ。これが一つの決め手だと思うね」
「しかし、その設備は、きわめて秘密のうちに準備するでしょう?」
「それは考えられる。だが、犯人は例の失業保険金の表を現場に残しておいて平気だったように、まさか、容易には他人に感づかれるとは思っていなかったのだ。秘密には準備していても、たかをくくったというか、油断があったと思う。つまり、彼の心のゆるみさ。われわれのつけめがそこだ」
吉村は今西の顔を食いつくように見た。
「今西さん、三浦恵美子が死の間際に、うわごとのように言ったという例の言葉・・・とめてちょうだい。ああ、いや、いや。どうかなりそうだわ。もうやめて、やめて、やめて、・・・と叫んだのは、その超音波のことですか?」
「違う。彼女の耳には、超音波は、聞えなかったはずだ」
今西は渋面をつくって言った。
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