警視庁では、三つの処置が取られた。
作曲家和賀英良は、その日、警視庁に任意出頭して、一日中取調べを受けた。彼の出頭名目は、電波法令第四条第一項(無線局を開設しようとする者は、郵政大臣の免許を受けなければならない)の違反である。
罰則第百十条は(左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。── 一 第四条第一項の規定による免許がないのに、無線局を運用した者。── 二 第百条第一項の規定による許可がないのに、同条同項の設備を運用した者)となっている。
和賀英良宅にできている、スタジオの電子音楽練習用の機械装置は、専門家が集まっていろいろ実験してみた。そこでは、二万サイクルから三万サイクル以上の超音波が発振されることが可能だと断定された。そこで、その超音波が人体に及ぼす、あらゆる可能の条件を細密に実験した。これは医者や法医学者が記録した。
最後に、評論家関川重雄が、自宅で長い間、今西栄太郎とほかの刑事たちに参考尋問を受けた。
この尋問は、詳細にわたって長時間行なわれた。
さらに関川重雄の供述で、刑事たちはその裏づけのために、各方面に走った。
その晩のことである。
警視庁の捜査一課の会議室では、こっそりと合同捜査会議が開かれていた。
これに出席したのは、課長以下、捜査一係長、今西部長刑事、それに浦田署の捜査課長と、吉村刑事など、当時操車場事件に専従していた捜査員たちが顔を並べた。その中に電波関係の技官、鑑識課員、法医学者などが参加した。
まず、郵政省の技官から説明があった。
「和賀氏のスタジオを調べてみた結果を、報告いたします。
このスタジオは、電子音楽の作曲家がつくったにしては相当精密な設計がなされております。部屋は二つに分かれ、小さな調整室と、楕円形になっているスタジオ(受信室)とになっております。
調整室には短波送信機に超音波の発振器が直結されていまして、超音波は短波の電波に乗せられて発射されるようになっていました。一方、電波を調整室にある短波の受信機で受けて超音波を取り出し、増幅機にかけて、オアラポラ装置のあるスタジオに超音波を出すようになっております。短波の発信機は別棟の屋根裏に隠匿され、必要に応じて使用されるよう切り換え装置が調整室にありました。
パラポラというのは、これによって高周波を出す装置でありますが、和賀氏の場合は、ゆうに、三万サイクル以上の周波数が出ることになっていました。この部屋が楕円形になっていることは注目すべきで、これは超音波の音響を最も効果的にある一点に受信し得る環境につくられております。なお、これらの機械の装置についても専門的な詳細事項は、いずれあとで書面をもって、詳細に出すつもりであります。次に、この超音波発振器によって、人体にいかなる影響があるかであります。
端的に申しますと、これで殺人が出来得るや否やの可能性の実験を、ある人を使って行ないました。まず最初に、警視庁の指示どおり、三時間にわたって和賀氏の持っている録音テープを使い、電子音楽を部屋に流しました。もちろん、これには放送関係技術者によって、サイクルの調節を行なっております。そうすると、実験に立たされた人間は、二時間にして精神状態に一種の昆明がみられ、肉体上の苦痛を訴えるようになりました。すなわち、嘔吐、眩暈、頭痛を知覚したのであります。このような状態において、さらに一方、短波送信機に直結した超音波発振器によって、それぞれ二万五千、三万五千、三万、二万七千サイクルというふうに、断続的な超音波をだしたのでございます。すると、被実験者の心音が、急激に異常状態をみせたのであります。このことについての詳しい報告は担当医からお話があると思いますが、実験された人間が、この装置によって、きわめて危険な状態になり得ることは、確かめられたのでございます・・・・」
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