江戸時代独特の文化の一つに寺小屋があります。寺小屋は僧侶や浪人(主家を持たない武士)が寺や自宅で子供たちを教育する庶民のための施設です(寺小屋の名称は本来は上方のもので、江戸では「
筆学
所」「幼童筆学所」と呼ばれた)。月謝はなく、入学時にわずかばかりの
束脩
(入学料のようなもの)を払い、あとは盆と正月の差し入れくらいで、実質はボランティアに近いものだったというから驚きです。
その歴史は古く、桃山時代にはすでに都市部に寺小屋がありました。当時来日したキリスト教の宣教師が、「日本人は女子供まで字が読める」と驚いたのも、寺小屋のお陰でした。これが江戸時代中期(十八世紀)から農山漁村に広がり、その数は幕末には全国で一万五千以上にもなっていたと言われます。明治になって義務教育制度が出来た時、地方では既存の寺小屋が校舎として活用されました。
寺小屋で教えたことは「読み書き・算盤」が基本でしたが、他に『国尽』『町村尽』などの地理書、『国史略』『十八史略』などの歴史書、『百人一首』『徒然草』などの古典、「四書五経」「六諭衍義」などの儒学書、『庭訓往来』『商売往来』などといった往来物のほか、時代により、また教師によって多岐にわたる書物が教材とされました。就学率は地方によって差がありましたが、背戸では七〇～八〇パーセントだったと言われています。この数字、状況を見れば、江戸時代の庶民が世界一高い識字率を誇り、世界に類を見ないほどの高い教養を持ったのも自明です。
武士の子弟は、藩に作られた藩校で学んでおり、そこでは寺小屋よりもレベルの高い教育が施されたいました。水戸の弘道館
、長州の明倫館、薩摩の造士館など名門校がいくつもあり、幕末には多くの優秀な者が輩出しています。その他にも蘭学や医学などを教える私塾が全国にあり、向学心に燃える若者たちが通っていました。江戸時代の日本は極めて教育水準の高い国だったことがわかります。
現代の歴史学者の中には、江戸時代の識字レベルは名前が書ける程度のもので、寺小屋の教育レベルも優れたものではなかったという人がいますが、それは自虐史観というものではないでしょうか。当時の出版物の内容の高さや出版点数の多さ、それに『塵劫記』がベストセラーになる状況などを見ても、江戸の庶民はかなりの教育水準にあったのは間違いないことです。また明治維新で開国したと同時に、あっという間に欧米の科学技術や工業技術に追いつけたのは、庶民にそれだけの下地があったからにほかなりません。
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