の門に持もて到いたりて、立てり。竹取いで来きて、取り入れて、かぐや姫に見す。
かぐや姫の、皮衣かはぎぬを見て、いはく、
「うるはしき皮なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず」。
竹取、答へていはく、
とまれかくまれ、まづ請しやうじ入れたてまつらむ。世の中に見えぬ皮衣かはぎぬのさまなれば、これをと思ひたまひね。人ないたくわびさせたてまつらせたまひそ」といひて、呼よび据すゑたてまつれり。
かく呼び据ゑて、このたびはかならずあはむと媼おうなの心にも思ひをり。この翁おきなは、かぐや姫のやもめなるを嘆なげかしければ、よき人にあはせむと思ひはかれど、せちに、「否いな」といふことなれば、えしひねば、理ことわりなり。
かぐや姫、翁おきなにいはく、
「この皮衣かはぎぬは、火に焼かむに、焼けずはこそ、まことならめと思ひて、人のいふことにも負まけめ。『世よになき物なれば、それをまことと疑ひなく思はむ』とのたまふ。なほ、これを焼きて心みむ」といふ。
翁おきな、「それさもいはれたり」といひて、大臣に、「かくなむ申す」といふ。
大臣答こたへていはく、
「この皮は、唐土もろこしにもなかりけるを、からうじて求め尋たづね得たるなり。なにの疑ひあらむ」。
「さは申すとも、はや焼きて見たまへ」といへば、火の中にうちくべて焼かせたまふに、めらめらと焼けぬ。「さればこそ、異物ことものの皮なりけり」といふ。
大臣、これを見たまひて、顔は草の葉の色にてゐたまへり。
かぐや姫は、「あな、嬉うれし」とよろこびゐたり。かのよみたまひける歌の返し、箱に入れて、返す。
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名残なごりなく 燃もゆと知りせば 皮衣かはごろも 思ひのほかに おきて見ましを |
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とぞありける。されば、帰りいましにけり。
世の人々、「阿部あべの大臣、火鼠ひねずみの皮衣かはぎぬ持もていまして、かぐや姫にすみたまふとな。ここにやいます」など問とふ。
ある人のいはく、「皮は、火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひたまはず」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、「あへなし」といひける。 |
(口語訳)
右大臣うだいじんは、かぐや姫の家の門にその宝物を持って立っている。竹取の翁おきな翁が出て来て、それを受け取てかぐや姫に見せる。かぐや姫が、皮衣を見て言うには、
「りっぱな皮のようですね。でも、これがほんとうの火鼠ひねずみの皮だという証拠は特にありません」。
竹取の翁が答えて言うには、「とにかく、まず大臣を招き入れ申し上げましょう。この世においては見ることが出来ぬ皮衣かわぎぬのようですから、これが本物と思いなされ、あの方かたをあまり困らせ申し上げなさいますな」と言って、右大臣を招き入れ、お席をおすすめした。
このように席に坐らされて、「今度はかならず結婚することになろう」と媼おうなも、翁と同じく心に思っている。この翁は、かぐや姫が独身であることを、嘆なげかわしく思っていたので、立派な人と結婚させようと思いはかるのだが、きつく「いやだ」というので、強しいることが出来ずのいるので、この期待も当然である。
かぐや姫が翁に言うことに、「この皮衣かわぎぬを火にくべて焼いても、焼けなければ、その時こそ、『本物の火鼠の皮衣だろう』と思って、あの方かたのお言葉に従いましょう。あなたは、『この世にまたとない物で、比べようがないから、それを本物だと思う』とおっしゃる。でも、やはり、これを焼いて、本物かどうか確かめてみたいとわたくしは思うのです」と言う。
翁おきなは、「それも、もっともな言い分だ」と言って、大臣に、
「姫がかように申しています」と言う。
大臣が答えて言うには、「この皮は、唐土もろこしにもなかったものを、やっとのことで探し出して手に入れたものです。なんの疑いがございましょうか」。
翁、「わたくしもそうとは存じますが、とにかく早く焼いてご覧ください」と言うので、火の中にくべてお焼かせになったところ、めらめらと焼けてしまう。
「こうなるからには偽物にせものの皮なのだなあ」と翁は言う。
大臣は、これをご覧になって、顔は草のように青ざめた色になり坐っていらっしゃる。
かぐや姫の方は、「ああ、嬉しい」と喜んでいる。先刻、大臣がお詠よみになった歌の返歌を、皮衣かわぎぬが入れてあった箱に入れて返す。
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(あとかたもなく燃えるとわかっていたなら、この皮衣かわごろもなど問題にしませんでしたのに・・・・焼いたりせずに火の外に置いて見ましたでしょうに・・・・) |
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と返歌が書いてあったのである。
そこで仕方なく、大臣はご帰館になったのである。
世間の人々は、「阿部あべの大臣が火鼠ひねずみの皮衣かわぎぬを持っていらっしゃって、かぐや姫と結婚なさるということだな、ここにもうおいでになるのか」などと問う。
仕つかえている人が言うには、「皮は火にくべて焼いてみたところが、めらめらと焼けてしまったので、結局、かぐや姫は結婚なさらなかったのだ」と言ったのであるが、これを聞いてから、遂行すいこう出来なくてがっかりというような場合を、「阿部」にちなんで、「あへ・・なし」と言うようになったのである。 |
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