帝仰おほせたまはく、「みやつこまろが家は山もと近ちかかなり、御狩かりの御幸みゆきしたまはむやうにて見てやむ」とのたまはす。
みやつこまろが申すやう、「いとよきことなり。なにか。心もとなくてはべらむに、ふと御幸みゆきして御覧ぜば、御覧ぜられなむ」と奏すれば、帝みかど、にはかに日を定めて御狩にいでたまうて、かぐや姫の家に入いりtまうて、見たまふに、光ひかり満みちてきよらにてゐたる人あり。これならむと思おぼして、逃げて入る袖そでをとらへたまへば、面おもてをふたぎてさぶらへど、初はじめよく御覧じつれば、類たぐひなくめでたくおぼえさせたまひて、「ゆるさじとす」とて率ゐておはしまさむとするに、かぐや姫答へて奏す。
「おのが身はこの国に生うまれてはべらばこそ使ひたまはめ、いと率ゐておはしましがたくやはべらむ」と奏す。
帝みかど、「などかさあらむ。なほ率ゐておはしまさむ」とて、御輿おほんこしを寄せたまふに、このかぐや姫、きと影かげになりぬ。はかなく口惜くちをしと思おぼして、げにただ人にはあらざりけりと思おぼして、「さらば、御伴ともには率ゐて行いかじ。元もとの御かたちとなりたまひね。それを見てだに帰りなむ」と仰せらるれば、かぐや姫、元もとのかたちになりぬ。帝みかど、なほめでたく思おぼし召さるること、せきとめがたし。 |
(口語訳)
帝みかどがおっしゃるには、「造麿みやつこまろの家は山のふもとに近いそうだね。御おん狩かりの行幸みゆきをわたくしがなさるようなふりをして、かぐや姫を見てしまえるだろうか」とおっしゃる。
造麿も、「たいへんけっこうなことです。いや、なあに、かぐや姫がぼんやりしているようなときに、急に行幸なさってご覧になったなら、ご覧になることができましょう」と奏上すると、帝は、にわかに日を決定して、御狩りにご出発になり、かぐや姫の家にお入りになってご覧になると、家の中全体に光が満ちあふれるまでにすばらしい様子で坐っている人がある。「これが、あのかぐや姫であろう」とお思いになり、逃げて奥へ入るかぐや姫の袖そでをとらえなさると、顔を隠し、おそばに控ひかえているけれども、はじめによくご覧になっていたので、たぐいなくすばらしい女性だとお思いになって、「放しはしないぞ」とつれていらっしゃろうとすると、かぐや姫が答えて奏上する、
「わたくしの身が、もしこの国に生まれたものでございましたならば、宮仕みやづかえさせることもおできになるでしょう。でも、そうではございませんので、つれていらっしゃるのは、とてもむずかしゅうございましょう」と奏上する。
帝は、「どうしてそのようなことがあろう。やはり、つれておいでになるちもりだ」とおっしゃって、御輿おんこしを邸やしきにお寄せになると、このかぐや姫は、急に影のようになって姿を消してしまいました。
「はかなくも消えてしまったことと、残念だ」とお思いになり、「ほんとうにふつうの人ではなかったよ」とお思いになられて、「それならば、御伴おんともとして一緒に連れてはゆくまい。だから、ものとのお姿になって下さい。そのお姿だけなりともう一度見てから帰ろうぞ」とおっしゃると、かぐや姫はもとの姿になった。帝は、このようなことにはなったが、やはり、すばらしい女だとお思いぬなることは、とてもとめることが出来ない。
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