帝とかぐや姫、その後も、歌の贈答
かく見せつるみやつこまろを、よろこびたまふ。さて、仕うまつる百官の人にあるじいかめしうつかうまつる。
みかど、かぐや姫をとどめて帰りたまはむことを、あかず口惜くちをしくおぼしけれど、たましひをとどめたる心地ここちしてなむ、帰らせたまひける。御輿おんこしにたてまつりてのちに、かぐや姫に
帰るさの みゆき物憂ものうく おもほへて そむきてとまる かぐや姫ゆえ
御返おほんかへりごと、
むぐらはふ 下にも年は ぬる身の なにかは玉の うてなをも見む
これを、みかど、御覧じて、いとと帰りたまはむそらもなくおぼさる。
御心みこころは、さらにたち帰るべくもおぼされざりけれど、さりとて、かしたまふべきにあらねば、帰らせたまひぬ。
つねに仕まつる人を見たまふに、かぐや姫のかたはらにるべくだにあらざりけり。異人ことひとよりはきよらなりとおぼしける人も、かれにおぼあはすれば、人にもあらず。かぐや姫のみ御心みこころにかかりて、ただひとり住みしたまふ。よしなくおほん方々かたがたにも渡りたまはず。かぐや姫の御もとにぞ、御文おほんふみをかきてかよはせたまふ。御かへり、さすがににくからずきこえかはしたまひて、おもしろく、木草につけても御歌をよみてつかはす。
(口語訳)
このようにしてかぐや姫を見せた造麿を、帝はよみしなさる。また翁の方も御伴としてつかえている文官百官の人に盛大に饗応きょうおうする。
帝は、かぐや姫を残してお帰りになることを、不満に思い、残念至極しごくにお思いになるけれど、しかたなく、魂をあとに残しとどめたような気持ちのまま、お帰りになったのである。
御輿にお乗りにあそばしてから後に、かぐや姫に対して歌をお詠みになられる。
(帰り道の行幸みゆき物憂ものうく思われて、つい後ろをふりむいてとまってしまうわたくし、それも、すべて、帝の勅命ちょくめいにそむいて出仕しゅっししないかぐや姫、あなたゆえであるよ)
かぐや姫のご返事、
(むぐらのはっているようないやしい家で年をすごしてきたわたくしが、どうしていまさら、金殿きんでん玉楼ぎょくろうを見て暮らせましょう)
これをみかどがご覧になり、歌のすばらしさに、いっそうお帰りなさる場所もないようなお気持ちになられる。御心みこころではまるで帰ろうともお思いにならなかったのであるが、だからといって、ここで夜をお明かしになることが出来るはずもないので、仕方なくお帰りになった。
さて、皇居において、つねにおそば近くつかえている女性をご覧になると、かぐや姫のかたわらに寄ることの出来そうな人すらもいない。今までは他の人よりもすばらしいと思っていたかたも、あのかぐや姫と思い比べなさると、人並みにも思われない。自然、かぐや姫のことなかりが御心にかかって、ただ一人で暮らしていらっしゃる。
理由もなくご婦人方のほうにもお渡りになられない。かぐや姫のおんもとだけに御文おんふみを書いてお送りになる。帝のおしには応じなかったとはいえ、ご返事はさすがに情をこめてやりとりなさって、おもむき深く、季節ごとの木や草につけたりして、帝は歌をんでおつかわしになる。
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