帝、竹取の翁に使いを出し昇天を確かめる
このことを、みかどきこし召して、竹取が家に、御使おほんつかひいをつかはせたまふ。御使おほんつかひに、竹取いであひて、泣くことかぎりなし。このことを嘆くに、ひげも白く、こしもかがまり、目もただれにけり。おきな今年ことしは五十ばかりなれども、物思ひには、かた時になむ、いになるにけりと見ゆ。
御使、おほせごととて、おきなにいはく、「『いと心苦しく物思ふなるはまことにか』とおほせたまふ」。
竹取、泣く泣く申す、「この十五日になむ、月の都より、かぐや姫のむかへにまうでなる。たふとはせたまふ。この十五日は、人々たまはりて、月のみやこの人まうでば、とらへさせむ」と申す。
御使おほんつかひ帰り参りて、おきな有様ありさま申して、そうしつることども申すを、きこし召して、のたまふ、「一目ひとめ見たまひし御心みこころにだに忘れたまはぬに、れ見慣れたるかぐや姫をやりて、いかが思ふべき」。
(口語訳)
このことを、みかどがお聞きあそばされて、竹取の翁の家にお使つかいを派遣なされる。御使者おんししゃの前に、竹取の翁が出頭して、泣くことかぎりがない。このことを嘆くゆえに、翁はひげも白くなり、腰もまがり、目もただれてしまった。翁は、今年五十ばかりであったけれども、かぐや姫と別れる苦しみのために、瞬時に老耄ろうもうしてしまったように見える。
御使者が、帝のお言葉として翁に言うには、「『たいそう心を苦しめ悩んでいるというのは本当か』とおっしゃる」。
竹取の翁は、泣く泣く申し上げる、「この十五日に、月の都から、かぐや姫を迎えに参りくるとのことです。恐れ多くもおたずねくださいました。この十五日には、ご家来衆けらいしゅうたまわって、月の都の人がやって来たならば、捕えさせたい」と申し上げる。
御使者は内裏だいり帰参きさんして、翁の状態を申し上げ、翁が奏上そうじょうした言葉を申し上げるのをお聞きになられて、おっしゃる、「一目ご覧になったお心にさえ忘れることがお出来にならぬのだから、明け暮れ見慣みなれているかぐや姫を月の世界へやっては、翁はどう思うだろうか」。
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