空 海 を 知 る キ ー ワ ー ド
監修:山折哲雄 エッセイ:上山春平 解説文:正木 昇 『空海の世界』 佼成出版社 ヨリ


 

即 身 成 仏 其の一

実に意外なことかもしれないが、即身成仏という言葉は、どの密教経典にも見出せない。早い話が比較的あとになって現われた造語なのである。
この言葉が世に知られるきっかけは、空海が 『即身成仏義』 を著したことにある。
その書物の中で、彼は即身成仏が密教の専売特許たるかのごとく主張した。この見解は多少の条件付で正しい。というのは、即身成仏の考え方そのものは、天台法華や華厳などの思想にも存在するものの、抽象的な理屈のみにとどまって、即身成仏を遂げるための実際的な方法を一向に明示しておらず、史上、その方法を開発した、少なくとも開発したと主張し得たのは密教だけだったからだ。
空海自身は即身成仏という言葉の典拠を、 『菩提心論』 なる書物の叙述に求めた。

惟真言法中即身成仏故是説三摩地法、於諸教中闕而不書・・・・若人求仏慧通達菩提心、父母所生身速証大覚位。
(ただ真言密教だけが即身成仏を遂げるための行法を説き、その他の様々な教えはこのことについて触れてはいない。・・・・・もし真言密教の行者がホトケの智慧を求めて菩提心に達し得たなら、その時、彼は父母から生まれた肉身のままで速やかに大いなるホトケの境地を得るであろう)
ここには即身成仏の明確な定義も示されている。要するに、即身成仏とは父母から生まれた肉身のままで速やかに大いなるホトケの境地を得ることなのである。
しかし、即身成仏という言葉に言及した例は、多分、これしかない。つまり、言葉としての即身成仏は、密教にあってもそんなにポピュラーではなかったのだ。それを密教といえば即身成仏といわれるほどの存在に高めたのは、ひとえに空海の功績と言ってよい。この事実は、実は非常に大きな事を意味している。結論を先に言ってしまえば、空海が中国から日本に請来した密教は空海の手によって完成されたのである。
実は 『菩提心論』 そのものには、疑問がつきまとう。著者が誰だったのか、をめぐってである。空海以来の伝承では、真言密教伝持の第一祖たる龍猛りゅうみょう の作、不空の漢訳とされるが、権威付けの目的で龍猛に仮託されたまでで、本当は不空の著作である可能性が高い。とすれば、即身成仏という言葉も、また不空の造語だったことになる。勿論、即身成仏という言葉は登場しなくとも、この言葉によって喚起さるところは、後で触れるように、 『大日経』 や 『金剛頂経』 など中期の密教経典に語られてはいる。というより、中期以降の密教の目的が即身成仏に収斂したことは、疑いようがない。だが、不空が即身成仏なるコンセプトをあえて提示した意味は大きい。
なぜなら、思想一般にありがちな事実として、一つのコンセプトが明示された場合、そのコンセプトは明示されるいぜんとは比較にならないほど、時には次元が異なるほど、大きな発展を見せるのが普通だからだ。それを証明するかのごとく、即身成仏は日本において、空海の 『即身成仏義』 という、即身成仏を真っ向から扱った書物を誕生させた。皮肉なことに、不空以後、即身成仏のコンセプトは中国ではさしたる発展を見せず、終幕を迎える。中国人が密教に期待したものは、卓抜な呪術能力のみで、密教が最もその開発に力をいれたはずの即身成仏は、ほぼ顧みられなかった。だから、即身成仏は空海によって後の展開がはかられたとみなしてよく、東アジアに流伝した密教は空海の手によって完成された。と先に述べたのは、こうした事情に由来する。
言葉の問題はこれくらいにしておこう。次は肝心の即身成仏の内容である。これは、突き詰めてゆくと、なぜ密教は即身成仏が可能か、という問いに極まる。
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