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これら三種即身成仏の構想が、いつ完成したのか、は判然としないが、様々な状況証拠を考慮すると、おそらく平安後期から鎌倉前期にかけての頃、現在伝わるような形をとったらしい。私は、この三種即身成仏という理論は、インド以来の全密教史における一つの大いなる成果であったと思っている。それというのも、中期以降の密教にとって、最大の難問は、例えば三密加持を行ずることによって、あるいは曼荼羅に入ることによって訪れてくる神秘体験の大切さは、改めて論ずるのも愚かだが、しかし、そうした神秘体験は一時のものであって永遠に続くわけはなく、それ故、神秘体験を終えてしまえば、またもとの無明や煩悩に苦しむ状態に帰らざるを得ないのではないか、という点にあったからである。簡単に言えば、神秘体験以降の人間のあり方に、いまだ疑問符が付いていたのである。
この難問の解決を、後期の密教は、大楽思想に求めた。確かにそれはそれで一つの解決策であったに違いない。しかし、この方向は密教を個の中に、正確には、個の肉体の中に封じ込める結果を招いた。すなわち、利他行の放棄。これは、明らかに大乗仏教からの逸脱であった。それに対して、三種即身成仏は、神秘体験の積み重ねの彼方に、日常にこそ大日如来の神秘が顕現していると構想した。まさに、これは大乗仏教の精神に他ならず、ならば、三種即身成仏は空海の理想を見事に展開してみせたことになる。
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