~ ~ 『寅 の 読 書 室 Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~
 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==

著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
エトランジェの死 (1-01)  エトランジェの死 (1-02)  エトランジェの死 (1-03)
エトランジェの死 (1-04)  エトランジェの死 (1-05)  エトランジェの死 (1-06)
エトランジェの死 (1-07)  エトランジェの死 (2-01)  エトランジェの死 (2-02)
怨恨の刻印 (1-01)
 怨恨の刻印 (1-02)  怨恨の刻印 (1-03)  怨恨の刻印 (1-04)
怨恨の刻印 (2-01)  怨恨の刻印 (2-02)  怨恨の刻印 (2-03)  怨恨の刻印 (2-04)
謎のキイワード (1-01)  謎のキイワード (1-02)  謎のキイワード (1-03)
謎のキイワード (1-04)  謎のキイワード (1-05)  
謎のキイワード (2-01)  謎のキイワード (2-02)  謎のキイワード (2-03)
謎のキイワード (2-04)  謎のキイワード (2-05)  謎のキイワード (3-01)
不 倫 の 臭 跡 (1-01)  不 倫 の 臭 跡 (1-02)  不 倫 の 臭 跡 (2-01)
不 倫 の 臭 跡 (2-02)  不 倫 の 臭 跡 (2-03)  不 倫 の 臭 跡 (2-04)
不 倫 の 臭 跡 (2-05)  不 倫 の 臭 跡 (3-01)  不 倫 の 臭 跡 (3-02)
底辺からの脱出 (1-01)  底辺からの脱出 (1-02)  底辺からの脱出 (1-03)
底辺からの脱出 (2-01)  底辺からの脱出 (2-02)  底辺からの脱出 (2-03)
底辺からの脱出 (2-04)    
失踪の血痕 (1-01)  失踪の血痕 (1-02)  失踪の血痕 (1-03)  失踪の血痕 (1-04)
失踪の血痕 (1-05)  失踪の血痕 (1-06)  失踪の血痕 (1-07)  失踪の血痕 (1-08)
断絶の疾走 (1-01)  断絶の疾走 (1-02)  断絶の疾走 (2-01)  断絶の疾走 (2-02)
断絶の疾走 (3-01)  断絶の疾走 (3-02)    
過去をつなぐ橋 (1-01)  過去をつなぐ橋 (1-02)  過去をつなぐ橋 (2-01)
過去をつなぐ橋 (2-02)  過去をつなぐ橋 (2-03)  過去をつなぐ橋 (3-01)
忘れじの山宿 (1-01)  忘れじの山宿 (1-02)  忘れじの山宿 (1-03)
忘れじの山宿 (1-04)  忘れじの山宿 (1-05)  忘れじの山宿 (2-01)
忘れじの山宿 (2-02)  忘れじの山宿 (3-01)  忘れじの山宿 (3-02)
忘れじの山宿 (4-01)  忘れじの山宿 (4-02)  忘れじの山宿 (4-03)
忘れじの山宿 (4-04)  忘れじの山宿 (5-01)  
道具の叛逆 (1-01)  道具の叛逆 (1-02)  道具の叛逆 (2-01)  道具の叛逆 (2-02)
道具の叛逆 (3-01)  道具の叛逆 (4-01)  道具の叛逆 (4-02)  道具の叛逆 (4-03)
道具の叛逆 (4-04)  道具の叛逆 (5-01)  道具の叛逆 (5-02)  
おもかげの母 (1-01)  おもかげの母 (1-02)  おもかげの母 (2-01)  おもかげの母 (2-02)
おもかげの母 (2-03)  おもかげの母 (2-04)  おもかげの母 (3-01)  
遠い片隅の町 (1-01)  遠い片隅の町 (1-02)  遠い片隅の町 (2-01)  遠い片隅の町 (2-02)
遠い片隅の町 (2-03)  遠い片隅の町 (2-04)  遠い片隅の町 (2-05)  遠い片隅の町 (2-06)
遠い片隅の町 (3-01)  遠い片隅の町 (3-02)    
決め手の窃盗 (1-01)  決め手の窃盗 (1-02)  決め手の窃盗 (2-01)  決め手の窃盗 (2-02)
決め手の窃盗 (2-03)  決め手の窃盗 (3-01)    
巨大な獄舎 (1-01)  巨大な獄舎 (1-02)  巨大な獄舎 (1-03)  巨大な獄舎 (2-01)
巨大な獄舎 (2-02)  巨大な獄舎 (3-01)  巨大な獄舎 (3-02)  巨大な獄舎 (3-03)
巨大な獄舎 (3-04)  巨大な獄舎 (3-05)  巨大な獄舎 (3-06)  
救われざる動機 (1-01)  救われざる動機 (2-01)  救われざる動機 (2-02)
救われざる動機 (2-03)  救われざる動機 (2-04)  
落ちた目 (1-01)  落ちた目 (1-02)  落ちた目 (1-03)  落ちた目 (1-04)
落ちた目 (2-01)  落ちた目 (2-02)    
人間の証明 (1-01)  人間の証明 (1-02)  人間の証明 (1-03)  人間の証明 (2-01)
人間の証明 (2-02)  人間の証明 (2-03)  人間の証明 (2-04)  人間の証明 (3-01)
人間の証明 (4-01)  人間の証明 (4-02)  人間の証明 (4-03)  
母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
ええ、夏碓氷 から霧積へ行く道で、
渓谷へ落としたあの 麦稈帽子 ですよ

母 さん、あれは好きな帽子でしたよ。
僕 はあのとき、ずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風 が吹いてきたもんだから。

母 さん、あのとき向ふから
若い薬売りが来ましたつけね。
紺の脚絆に手甲をした ──
そして拾はうとして
ずいぶん骨折つてくれましたつけね。
だけどたうたうだめだった。
なにしろ深い谿で、
それに草が背丈ぐらゐ伸びていたんですも の。

母さん、ほんとにあの帽子どうなつたでせう?
そのとき傍で咲いてゐた車百合の花は、
もうとうに枯れちやつたでせうね、
そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ
あの帽子の下で
毎晩きりぎりすが啼いたかもしれませんよ

母さん、そしてきっと今ごろは ──
今夜あたりは、あの谿間に、
静かに雪が降りつもつてゐりでせう
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いたY・Sといふ頭文字を
埋めるやうに、靜に 寂しく ──
                     (西条 八十)